「皇族はスーパースター」と語る歴史エッセイストの堀江宏樹さんに、歴史に眠る破天荒な「皇族」エピソードを教えてもらいます!
目次
・天皇家がマニアックなジャンルを研究するワケ
・ブルーギルの異常繁殖は、上皇さまが原因?
・秋篠宮さまの研究活動
天皇家がマニアックなジャンルを研究するワケ
――前回は、天皇家の方々と学問の関係について考察していただきました。悠仁さまのトンボ研究然り、代々生物学に取り組んでいるのは「思想の偏り」が生まれる危険性が少ないジャンルだからとのこと。一方でタブー視されていた歴史学も、今上天皇からは解禁になっている様子とのことでした。
堀江宏樹氏(以下、堀江) 天皇家の方々が何をご専攻になったところで、「社会性」あるいは「公共性」という要素に目が向けられていくのは興味深い事実なんですね。
たとえばハゼなど魚類の研究で知られる上皇さまですが、もともと少年時代は単純に「生き物好き」でいらっしゃって、カワハギなどの海水魚の飼育を個人的に行っておられたそうなのです。ご自分の飼育技術で、水槽の中でどれくらい生かすことができるかを、父宮の昭和天皇からアドバイスされながら、試しておられたというエピソードがありますから……。
昭和天皇はヒドロゾアというヒドロ虫類のご研究で有名になられましたが、これもヒドロ虫にしか強いご興味がなかったからではありません。研究でご飯を食べている「職業研究者」からあまり顧みられることのなかったヒドロゾアという生物の未知の部分の解明に、「職業研究者」ではないご自分だからこそできることがあるのではないか……という側面が強かったのではないか、と推察されます。
――職業として研究者を続けられるかどうかもスポンサーが必要だと聞いたことがあります。たしかにマイナーな生き物の理解のために企業が協力してくれるとは思えませんよね。
堀江 昭和天皇と同じく、上皇さまもさまざまな生物にご関心がおありでしたけれど、天皇の研究ともなれば、マニアックなジャンルであるほうが、研究内容について論戦が起きづらい点が考慮されたのではないかな、とは思われますね。
昭和天皇がヒドロゾアというマニアックなジャンルを選択したのは、競合する研究者が少なく、資金力も人脈も桁外れのご自分の研究が、ほかの「職業関係者」に影響しないためのご配慮だったそうですから。つまり研究ジャンルの選択自体が「公共性」を帯びているのです。
上皇さまが「ハゼ」を選んだのも、そういう側面があったとは思われますが、公式情報では、冨山一郎博士という魚類の専門家が、皇室の御用邸がある葉山(神奈川県)でもハゼは採集可能という理由などから、皇太子時代の上皇さまにハゼをお勧めになったとされていますね。
また、上皇さまはハゼの研究者として、天皇であられた時代に日本産の新種のハゼを6種類、外国産のハゼの新種も2種類発見なさった功績がおありです。上皇になってからはさらに2種類の新種をご発見になったとか。あと美智子さまが、上皇さまからのご依頼で、これまで和名のなかったハゼに「アケボノハゼ」などの美しい「名前」をおつけになられたという逸話もあります。
ブルーギルの異常繁殖は、上皇さまが原因?
――なるほど……。天皇家の方々のご学問が最終的に向かうのは「公共性」というお話でしたが、ハゼにもそういう公共性が?
堀江 すいません、つい「余談」の部分が大きくなってしまいました。ハゼというより、上皇さまの魚類全体にわたる知識が社会に影響したというお話ですね。
上皇さまは、皇太子時代に食糧難に困っていたタイのプミポン国王(当時)から相談を受け、1964年にタイのタンパク質不足を解消する手段として、アフリカ産のテラピアという淡水魚を紹介し、稚魚も送られたのだそうです。
こうしてまずはタイの王宮の池でテラピアは繁殖され、それからタイ各地の河川に広まりました。テラピアはタイ語では「プラー・ニン」というそうですが、漢字を使える中華系タイ人の方々は「仁魚」と書くそうです。この「仁」は上皇さまのお名前の「明仁」にちなんでいるとの説もあるのですよ。
いまや「仁魚」の価格は現在では1キロあたり、日本円でいうならわずかに数百円程度ですから、タイを代表する大衆魚ですね。現在はさまざまなタイ料理にその姿が見られるのです。
――そんなお話があったのですね。
堀江 ただ、これが上皇さまの魚類研究成果の「光」だとしたら、「影」の部分もあるのです。2007年、琵琶湖を有する滋賀県・大津市で開かれた「全国豊かな海づくり大会」という大会にて、平成の天皇陛下(現・上皇さま)が「ブルーギルは50年近く前、私が米国より持ち帰りました」とご発言になりました。そしてブルーギルが琵琶湖で異常繁殖してしまったことで、在来魚が減少したので「迷惑をかけた」との謝罪もなさったのです。
実はこの時はじめて、ブルーギルという魚と上皇さまの密接な関係について私は知ったのですけれど、ブルーギル批判は、上皇さまの皇太子時代の行動批判にもつながりうるので、この大津市での大会でも関係者は触れずにおくつもりだったそうですが、上皇さまの強いご意思で謝罪が行われたのでした。
もともとブルーギルもタイ王国同様、タンパク質不足だった戦後の日本を救う食物になる予定が、日本では釣りはしても、釣った魚は食べずに河川に戻すという「キャッチ・アンド・リリース」という文化が強くなりすぎて、ブルーギルもそうやって減らずに増える一方になったという誤算があったそうですよ。本来ならとてもおいしい魚なのだそうですが。
秋篠宮さまの研究活動
――ブルーギルの生態系への悪影響は私でも知っている大きな問題ですが、そんな背景があったとは衝撃的です。ナマズの研究で知られる秋篠宮さまも、学生時代に最初に興味を持ったのは鶏で、食料問題を解決する品種を作りたいと思われていたそうですね。
堀江 秋篠宮さまはすでに学習院初等科の卒業文集に、中国産のバフコーチンとブロンズ種といわれる七面鳥を交配して、「バフロンズ」という巨大な新種の鶏を作りたい! という夢を語っておられます。これは食糧問題に関心があられた父宮である上皇さま(当時皇太子)のご影響ではないかと思われます。
また、秋篠宮さまは、どちらかというと鶏やナマズといった特定の生物の研究はなさっているけれど、生物学などというひとつのジャンルにとらわれず、民俗学的・社会学的な観点からも総合的に研究し、理解を深めるという、特定の大学の、特定の学部に所属する「職業研究者」では難しいスタンスでの学際的な研究活動を続けておられますね。
――江森敬治さんの『秋篠宮』(小学館)には、国立遺伝学研究所教授の五条堀孝さんのコメントとして「今後はテーマを絞るところはもっと突っ込んで」いくべき――つまり、現状では秋篠宮さまの研究成果の「ご専門性はイマイチ」とか、それには秋篠宮さまの「熱しやすく冷めやすい」ご気性が影響しているのでは、という関係者による評言も掲載されていましたね。最近ではさかなクンを御所にお召しになって、講義をお聞きになったとか。
堀江 でも多方向への関心については、秋篠宮さまが「職業学者」ではなく、あくまで日本の皇族として、「社会」や「世界」を深く理解するための手段として学問をなさっているのだから、そういう批判は当たらないのではないでしょうか。
秋篠宮家の悠仁親王も昨年末に、赤坂御所のトンボについての論文で「筆頭執筆者」となられ、世間を驚かせましたが、今後、どういう方向にご関心が推移していくかは興味深いですね。
しかし、いずれにせよ、歴代の天皇、皇族の方々のように、学問で得られた専門知識を社会に還元してくださる心強い存在になられることを私は期待しています。